傷だらけのライカタイトル

第十九話 1964年ポルシェ911の衝撃    
            
 ポルシェ901は、翌1964年から本格的な生産が開始された。ただし、901というネーミングに関して、フランスのプジョーがクレームを付けて来た。3桁の数字で真ん中に0を用いるモデルネームは、プジョーが既に登録済みだと言うのだ。ポルシェは仕方なくこれを911に変えて発売することにした。

911の1号車がラインオフしたのは、1964年の9月のことだった。しかし、911が発売されるよりも前にその”カレラ”はサーキットに姿を現した。

ポルシェのレン・シュポルトRS 61に代わる、新世代のレーシング・モデルとして登場した、ポルシェ904カレラGTSである。これまでのカレラは、市販車をベースとしてそれを高度にチューンした高性能版をカレラと呼んでいた。しかし、この904カレラGTSは違っていた。それは設計当初からコンペティション用として作られていたのだ。

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901と同じく、この904もブッツィーことF.A.ポルシェ3世のデザインだが、その流麗なシルエットラインは斬新で魅力的なものだった。

CD値0.34という優れた空力係数を持つボディはFRP製で、鋼板溶接フレームに接着剤とボルトで止められていた。その軽いボディのミッドシップにレイアウトされたエンジンは、RS 61の1966ccをウェーバー・キャブレターで武装し9.8という高圧縮比により、180ps/7200rpm、20.5kg-m/5000rpmのパワーを絞り出した。そのパフォーマンスは驚異的で、575kgの軽い車体を、0〜1kmスタンディング・スタートで24.9秒、最高速は実に263km/hまで引っ張った。

904カレラGTSは、GTのホモロゲーションを取る為約100台が生産され、DM29700ドイツマルクという価格で販売された。デビュー戦のセブリング12時間レースでいきなりクラス優勝を飾り、タルガフローリオでは1、2フィニッシュ、ル・マンでも総合7、8、10〜12位でGT1601~2000ccクラスの1〜5位を独占した。

 904カレラGTSはこの年、5月3日鈴鹿サーキットで行われた第二回日本グランプリにも、プライベーター式場荘吉のドライブで出場し、生沢 徹らの駆るワークス・プリンス・スカイラインGT勢を交わしあっさりと優勝を飾った。
 なみなみならぬレーシングパフォーマンスを見せた904カレラGTSだが、ナンバーを取得すれば街中でも乗れるロードゴーイングレーサーでもあった。

 1964年のF1シーズンでは、日本からホンダがF1参戦を開始した事が挙げられる。
 ホンダはモーターサイクルの世界選手権レースで既に世界チャンピオンを獲得し、華々しい成果を挙げていた。しかし、四輪ではまだ市販車もT360とS500しか出しておらず、全てが試行錯誤の状態だった。

元々ホンダのF1プロジェクトは、ロータスからのオファーでエンジンだけを供給するはずだったのだが、ロータスの総帥、コーリン・チャップマンはホンダの横置き12気筒エンジンを見て、使用を断って来たと言う。開幕わずか三ヶ月前の事だった。

 ホンダは急遽ボディもホンダ社内で作る事を決め、ホンダの技術陣はそこから熱い挑戦を開始した。

ホンダF1RA271が初めてF1グリッドに並んだのは、8月の熱い日ざしが降り注ぐニュルブルクリング・サーキットで行われた、第六戦ドイツ・グランプリの事だった。

セミ・モノコックに鋼管サブフレームのシャーシに、横置きV型60度12気筒エンジンに12連キャブを装備し、230馬力を発揮したRA 271は、チャンピオンを獲得したフェラーリの158が215馬力だったことからして、ホンダF1はパワーでは負けていなかったと言える。

結果は、22位からスタートし9位でゴールしている。ストレートでは、後にヨーロッパのジャーナリストから「ホンダ・ミュージック」と異名をとったV12の「キーン」という独特の素晴らしい高音を響かせた。

 1964年9月以降、販売が開始されたポルシェ911も各地の話題を独占した。
 その類い稀なる動力性能は、356から格段に上がって来ていたし、63年にフランクフルトで発表された901モデルより更にトルク等が改善されていた。

エンジンのモデルタイプは901/01となり出力は変わらなかったが、最大トルクが17.8kgm/4200rpmとなった。ギアレシオも低めに設定され、その分加速力が向上した。最高速は210km/h、SS 1/4マイルは、16.5秒という目覚ましい記録を打ち立てたが値段の方も高価だった。ドイツ本国では22900マルク(邦貨換算188万円)は、当時の高級スポーツカー、ジャガーEタイプよりも高い金額だった。

 1965年三和自動車の手で日本に輸入販売された時の価格は、435万円で356 SCに比べ60%アップとなる値段だ。それでも911は、1964と65年の2年間で5100台が生産された。

 356は1963年、最後のバージョンアップが行われ、タイプBから最終型のCへと進化を遂げた。356 Cはクーペとカブリオレの2タイプのボディとなり、エンジンは75ps/5200rpm、12.5kg-m/3600rpmの616/15型と、95ps/5800rpm、12.6kg-m/4200rpmの616/16型を積んだ356 SCの2種類があった。最後の356Cカブリオレが工場をライン・オフしたのは1965年の4月のことだった。1948年のプロトタイプに始まったポルシェ356の総生産台数は、17年間で79070台に上った。
レース・シーンで数々の伝説を作り、ポルシェを世界に名だたるスポーツカー・メーカーにまで押し上げて来た名車356は、惜しまれながらもその後を911にゆずり、第一線から身を引いた。

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第二十話につづく