傷だらけのライカタイトル

第十四話 1956年夢の356Aスピードスター             

 1956年、ポルシェ550スパイダーは各部に手が加えられて550Aへと発展する。

この550Aスパイダー1500RSはタルガフローリオに出場し、総合優勝を飾った。また、ル・マンには特別仕様のクーペバージョンが投入され、総合5位でクラス優勝を獲得している。過酷なコースで有名なモンテカルロラリーでも、1300の356がクラス優勝を飾った。

 ボリスはこの年、映画「裏窓」や「上流社会」の主演を努めたハリウッド女優、グレース・ケリーとモナコ公国のレーニエ大公3世の結婚式の取材でモナコ公国を訪れた。
 ハリウッド女優が一国の王様と恋に落ち、結婚して王妃になるというシンデレラストーリーは、世間の注目を浴びた。

二人の出合いはその前年、グレースがカンヌ映画祭に出演作「カントリー・ガール」の上演が決まり、フランス政府からの招聘もありカンヌを訪れた時だった。

二人は恋に落ち、翌年4月19日に結婚と相成った。モナコでは国を挙げてのお祝となり、セント・ニコラウス寺院で華麗な式が取り行われた。

 結婚式の取材の後、ボリスは南仏のニースへ足を延ばした。

モナコからニースへは列車で3駅、22分の距離だった。実はニースにポルシェの356Aスピードスターを売りたいという伯爵がいる、とレース取材で仲良くなったフランス人の車雑誌編集者から紹介されたのだ。

ボリスはその車を見に出かけた。教えられた住所は、真っ青なコートダジュールの海岸から小高い丘を上った所にあった。

ニースの駅からは歩いて20分位かかっただろうか。こじんまりとしたエントランスを抜けると、緑の芝生が敷き詰められた中庭に出た。

エントランスの直ぐ脇には車庫と思しき大きな平家の建物があった。母屋はそれほど大きく無かったが、風格ある歴史的な建物だった。

母屋の玄関から出て来たのは初老の紳士だった。白髪を後ろに撫で付け、パイプをくわえた男の仕草は育ちの良さが感じられた。金持ちの嫌味な感じでも無く、日に焼けた肌に白いコットンのパンツときなりのシャツが爽やかだ。

ボリスは簡単に自己紹介し、スピードスターを見に来た事を告げた。

「聞いてますよ、ボリスさん。初めまして、私がファン・トラップスです。」老人はボリスに右手を差し出した。ボリスはゆっくりとその手を握り返した。
「早速、車を御覧下さい。」トラップス氏は先に立ってガレージのドアを開けた。

 そこには、目を見張るようなスポーツカーが、ずらりと並んでいた。
 メルセデス・ベンツ300SLガルウイング、フェラーリ290MM、ジャガーXK-120、アルファロメオ・1300ジュニア、トライアンフTR2、モーガン4/4、フレイザーナッシュMk-2、そしてポルシェ550スパイダー、356クーペと356Aスピードスター….どれもボリスにとってはよだれが出そうなマシンばかりだった。そしてそのどれもが皆、素晴らしいコンディションだった。

中でもボリスの目を釘付けにしたのは、ポルシェ356Aのスピードスターだった。真っ黒に塗られたその車は、ニースの青空の元、漆黒の中に青みを帯びた神秘的な輝きを放っていた。ボリスが呆気にとられていると、ファン・トラップス伯爵は静かに語り始めた。

「皆、息子が集めた車なんじゃよ。息子は道楽者で、レースにばかり明け暮れていた。しかし、こいつらももう必要無いんじゃ。息子は二度とこいつらを走らせてやる事は出来んのだからな。私は、息子に代わってこいつらを元気に走らせてやってくれる人達にこいつらを引き取ってもらいたいんじゃ。」

 伯爵の息子のファン・トラップスJr.は、レース界では有名なプライベートレーサーだった。
フェラーリやポルシェを駆って、ヨーロッパ各地のレースに出てはなかなかの成績を収めていた。それが昨年、モンツァで行われたイタリアグランプリで事故死してしまった。

 ファン・トラップス伯爵は、愛息の形見のスポーツカー達を見る度に息子の事を思い出してしまい、その苦痛から逃れる為、ジュニアの友人達に声をかけて車の引き取り手を探していたのである。

曰く付きの車ではあったが、ボリスは逆に伯爵の想いに応えて、ジュニアの代わりに思いっきりこれらの車達を走らせてやる事がジュニアの供養にもなると思った。伯爵も心の底からそれを臨んでいるようだった。

ボリスは伯爵に、356Aスピードスターを譲って欲しいと願い出た。伯爵は快くその申し出を受け入れてくれた。値段は安くは無かったが、コンディションの良さから考えると格安だった。

 伯爵はお金にはあまり執着が無いのか、後から送金してくれれば良いと言う事で、この場からスピードスターに乗って帰れる事になった。ボリスは突然の展開に驚きながらも、夢にまで見たスピードスターを手に入れる事が出来た喜びに興奮していた。

伯爵から鍵を受け取り、スピードスターのシートに腰を沈める。

見た目よりもシート高が低い事に驚きつつ、キーをイグニッションに差し込む。

バックミラーやルームミラーの位置を確認し、緊張しつつスターターを回す。短い震えのあと、スピードスターのエンジンは呆気無い程簡単にかかった。

安定したアイドリング、驚く程静かな排気音。行き届いた整備の良さを感じる。

 ボリスは伯爵に見送られて、屋敷を後にした。坂を下ってニースの海岸線に出ると、夕日が西の空を赤く染め始めていた。

一度路肩にスピードスターを止め、外に出てもう一度車を眺めてみる。ボリスはこの光り輝くスピードスターが自分のものになった事が今だに信じられずにいた。2度3度とスピードスターの回りを見て歩きながら、自然と笑みがこぼれて来た。念願のポルシェをやっと手に入れたのだ。それも素晴らしく良いコンディションの車だ。

ボリスは夕日を受けて輝くスピードスターにライカを向けた。ファインダーの中でスピードスターが笑っているように感じた。

ボリスはフィルムが無くなるまで、スピードスターの回りを回りながら写真を撮った。

356a_speedster

 いつまでも見ていたい衝動に駆られ、スピードスターをその場所に止めたまま、道の反対側にあったオープンカフェに入った。

最前列の席に腰掛け、カフェオレを頼んだ。暖かいカフェオレを飲みながら暮れて行く夕日と輝くスピードスターを眺めた。

辺りが暗くなり始めた頃、今日この後どうしよう、と言う所に考えが及んだ。車を手に入れたは良いが、ここからモスクワまでどうやって持って帰ろう?走って帰るとなると、一週間位かかりそうだった。

ニースからモスクワまで、直線距離で2500km位ある。ボリスの頭の中は真っ白になった。取りあえず今日はニースに泊まろう…どこか安ホテルを探して、それからゆっくり考えよう…そう思うと気分も楽になって来た。ふと気づくと腹が減っていた。朝から何も食べていなかった。ボリスはその店でステーキをオーダーした。ポルシェを手に入れた記念だった。スパークリングワインで一人乾杯し、300グラムのステーキを一気に腹に詰め込んだ。

 カフェのウェイトレスから近くの安ホテルを教えてもらい、スピードスターに乗り込んだ。

ホテルにチェックインしても駐車場に止めたスピードスターが気になり、夜中3度も見に行った。暗い駐車場の中に静かに横たわるスピードスターの姿は、それはそれで美しかった。かすかな光を反射する艶かしい曲線。丸みを帯びたボディに写り込む回りの景色、それらが全て愛おしく感じられた。シートに腰掛け、目を閉じると嬉しさが込み上げて来た。結局ボリスはスピードスターのシートで一夜を過ごし、気が付くと駐車場に朝日が差し込んでいた。

 ホテルのラウンジでクロワッサンとコーヒー、少しばかりの果物で簡単な朝食を採り、チェックアウトして一路、モスクワを目指して走り出す。

結局五日間の休暇をとって走って帰る事にしたのだ。今朝もスピードスターはセル一発で目覚めた。

ニースの海岸線は今日も真っ青な青空に囲まれ、コートダジュールの紺碧の海が光り輝いている。

爽やかな朝の日ざしを浴びながらスピードスターで走る海岸線の道、ボリスは最高の気分を満喫していた。

ニースの街はずれから道は曲がりくねった山道となり、徐々に海を見下ろす高台へと上って行く。スピードスターのエンジンは快調に回る。
 特に2速から3速の伸びは快適で、車体が力強く押し上げられるようだ。タイトなコーナーが続く山道も軽快なフットワークで駆け抜ける。ボリスは嬉しさの余り、一人大声を挙げて笑いながらドライブしていた。

やがて道はモナコの市街地へと入って来た。昨日のモナコ大公とグレース・ケリーの結婚式の余韻がまだ街の至る所に残っていた。

ボリスはせっかくだから、モナコグランプリのコースを一度走ってみようと思い立ち、スピードスターをポート・ド・モナコに向けた。

スタートラインにスピードスターを付け、心の中でスタート・フラッグを振り下ろす。

スピードスターは猛然とダッシュする。3500回転を超えると排気音が変わった。乾いた迫力あるエグゾストノートは、ボリスの脳を刺激した。
 道は緩やかに右に曲がりながら第一コーナーが迫ってくる。素早くシフトダウンし1コーナーを駆け抜ける。右手に港を見下ろしながら、坂道を一気に駆け上がる。ブラインドの左コーナーを抜けると右手にカジノの建物が見える。カジノ前の広場を通り抜けカフェ・ド・パリスを過ぎると道がふた手に別れる。急ブレーキをかけて右に折れ坂道を駆け降りる。ホテル前のヘアピンカーブを1速でまわり、シフトアップしながら片手でハンドルを固定し右コーナーを抜ける。

道はそのままトンネルへと入る。3速で思いっきり引っ張って4速トップに入れる。トンネルを抜けると急ブレーキをかけ、モナコ港の横に出る。
 一瞬豪華なヨットに目をやり、港を回り込むようにしてプール前を通り過ぎる。

ここまでくると観光客達が多く、道を歩いて横切ったりしているのでスピードを落として通り過ぎる。最終コーナーを回り込むとなだらかな昇り坂を一気にのぼってゴールラインを駆け抜けた。

はためくチェッカーフラッグをくぐり抜けると大観衆の拍手喝采….

 ボリスはキラキラと輝く木漏れ日の中で空想の大観衆の前を走り抜けた。このコースで伝統あるモナコグランプリの幾多のドラマが演じられたのかと思うと、そこを自分がスピードスターを駆って走っている現実が、夢か幻のように感じられた。ボリスはもう一度ゆっくりと、今度は回りの風景を堪能しながら走った。

 港を見下ろす坂道の途中で、一見して車好きのオーナーが経営してると分かるカフェを見つけた。ボリスは一度その前を通り過ぎてから、バックで店の前までもどって路肩にスピードスターを止めた。

良く見ると、モナコグランプリにまつわる色々なステッカーやオイルメーカーの看板やらレーシングチームの旗やらがごちゃごちゃとドアや窓に張り巡らせてあった。ボリスは店に入ってみる事にした。

 店内はもっとごちゃごちゃしていた。店中レース関係のグッズが溢れかえっていた。モンテカルロラリーのプレス用ナンバープレートや各種のトロフィーや楯、ハンドルやらフランス国旗やらペナントやらピンバッチやら、あらゆるものが壁にかけられ、ポスターや旗には無数のいたずら書きが施されていた。きっと無数のレース好きの客がこの店にやって来ては、ビールを片手にレース談義に華を咲かせているんだろうな…. ボリスはソーダ水でのどを潤し、店内の様子をライカに収めてその店を後にした。

 まだまだ先は長い。道草ばかりしてはいられなかった。

モナコを出ると、スピードスターはイタリアに入り、ジェノバ、ミラノを抜けて水の都ベニスに入った。

アドリア海に面したこの街は水路が多く、道が狭いので走りにくい。日もとっぷりと暮れてしまい、初日はここで泊まる事にした。

翌日も早朝から出発し、オーストリア・アルプスの麓をかすめてウィーンにいたる。チェコとポーランドを横断してワルシャワに入り、ソ連邦白ロシア共和国ミンスクを抜けてスモレンスクに着いた。

明日はいよいよモスクワに帰りつけるというところまで、スピードスターは快調に走り続けた。

 スピードスターはどこへ行っても人々の注目を集めた。ガソリンスタンドで、スパーマーケットで、ドライブインで、駐車場に車を止める度、大勢のギャラリーに取り囲まれた。交差点で止まる度歩行者から手を振られ、信号で止まる度隣の車から声をかけられた。

ボリスはまんざらでもなかった。一台の車に乗るだけでこんなに沢山の人から気軽に声をかけられるなんて、かつてボリスは味わった事のない経験だった。改めてポルシェの力の偉大さに感心させられた。

 翌日、ボリスは無事モスクワに辿り着いた。

 先ずは通信社に顔を出し、急な休暇を取った事を上司に詫びた。同僚にスピードスターを見せびらかしてから自宅へともどった。軽く一眠りしてから、ガソリンスタンドに行ってスピードスターをていねいに洗車し、ワックスをかけてピカピカにした。

スピードスターのワックスがけは、磨く面積がとても少なくてすむ為簡単だった。。

会社が終わる頃を見計らってガールフレンドのクラウディアが働くオフィスに向かった。ボリスは、オフィスの前にスピードスターを駐め、彼女が出て来るのを待った。

 しばらくして、オフィスから出て来たクラウディアは目を丸くした。
「ボリス、どうしたのよこの車!」クラウディアは、スピードスターの回りを一周してからボリスの前に戻って来た。

ボリスは歓喜の表情の彼女を抱き締めて、キスをした。
「ニースで買って来たんだ。どう、俺のポルシェ356Aスピードスター!」
「すごいわ!ボリス、最っ高に素敵!!」クラウディアは満面に笑みをたたえた。
「それでは、お嬢様!どうぞ助手席におすわりになって!」ボリスは恭しく助手席のドアを開け、ホテルのドアマンのようにおじぎした。
「どこに連れて行ってくれるの?こんな素敵な車で!」クラウディアは澄ました顔でスピードスターに乗り込んだ。

ボリスはフロントウィンドウのサンとドアの上に手をかけ、ドアをあけずに運転席に飛び乗った。颯爽とエンジンをかけ、その場を走り去る。
 周りの人々の視線が痛かった。
 ボリスとクラウデイアは、行きつけのレストラン”ゴーキーズ・カフェ”に行き、ワインと美味しい料理を楽しんで家路についた。

アパートに帰る途中、車の途絶えた信号で停車した時、ボリスはグローブボックスから小さな箱を一つ取り出した。淡いブルーの包みの中には、ニースで手に入れたティファニーのリングが入っていた。学生の頃から続いているクラウディアとの付き合いも、もう10年を超えていた。ボリスは念願のポルシェを手に入れた事をきっかけに、クラウディアとも新しい関係を結びたかった。

「クラウディア、今日は真面目な話があるんだ。」
 クラウディアは少し驚いた表情でボリスの顔を覗き込んだ。
「今回、前から欲しかったこのポルシェを手に入れる事が出来て、本当に嬉しかった。  

ニースからモスクワまで5日間、好きなポルシェとずっと一緒に走って来て本当に楽しかったんだ。だけど、ほんのちょっぴり寂しかった。隣に君がいなかったから……。」
「ボリス….」クラウディアはそっとボリスの腕に手を添えた。
「僕はこのポルシェの他にもう一つ、どうしても手に入れたいものがあるんだ。」

 二人の間に、静かな時が流れた。
 クラウディアは真直ぐにボリスの目を見つめて、次の言葉を待った。
「クラウディア、愛してるよ。結婚しよう! 僕の隣に、いつも一緒にいて欲しい!」

 クラウディアは、目に涙を一杯に浮かべた。
 クラウディアもボリスのその言葉をずっと待ち続けていたのだ。

 静まり返ったモスクワの街角で、二人は静かに抱き合い、そしてキスした。
 クラウディアは、ティファニーの包みを開けて中のリングを取り出すと、はにかんだような微笑みを浮かべ、左手の薬指にリングをはめた。
「ボリス、私もあなたのこと、愛してるわ!ずっとあなたと一緒にいたい。」
 降るような星空が、二人とスピードスターをつつみこんでいた。

 

 1956年のF1は、メルセデスの撤退でフェラーリ対マセラティの一騎討ちとなった。

メルセデスのエース・ドライバーだったファン・マニュエル・ファンジオは、エンツォとは刺々しい仲だったがフェラーリと契約。ホープのスターリング・モスはマセラティに乗る事になった。
 フェラーリは、55年一杯でグランプリから撤退したランチアのエンジンを積んだフェラーリ・ランチアD-50を擁し、マセラティは54年にファンジオが2勝を挙げてチャンピオンを取ったマシン、3年目となる250Fを投入した。

両者の戦いは、フェラーリが5勝、マセラティが2勝を挙げ、イギリスとドイツGPで2勝を挙げたファンジオが3年連続4度目のワールドチャンピオンに輝いた。

 しかしこの年は、フェラーリの総帥エンツォには辛く悲しい一年だった。

 1956年6月、彼は最愛の息子アルフレディーノを病気の為に失ったのだ。
 アルフレディーノは1932年1月19日に生まれた。10歳の頃から筋ジストロフィーを煩い、マラネロの子供達がサッカー遊びに夢中になっている頃、アルフレディーノは父の工場で見かける真っ赤なスポーツカーの絵を描いて育った。

やがて彼はスイスのポリテクニク工科大学へと進み、技術者の卵へと育っていく。

卒業後、父の跡を継いでフェラーリに入社したアルフレディーノは、小型で軽量なV6エンジンの開発を手掛ける。

この時、アルフレディーノの相談相手となったのがランチアからD-50と共にフェラーリに移籍して来たヴィットリオ・ヤーノ技師だった。ヴィットリオ・ヤーノは、エンツォがアルファロメオでレーシング・ドライバーをしていた頃、フィアットから引き抜いた若き天才デザイナーだった。アルファロメオ6C-1750や8C-2300等の名車を数多く手掛けていた。

 アルフレディーノが24歳という短い生涯を終えた5ヶ月後の11月に、彼の意志を継いだV6エンジンは完成した。エンツォはそのユニットを亡き愛息アルフレディーノを偲んで彼の愛称 ”ディーノ”と名付けた。

ディーノ・エンジンは当初、1957年から始まるF2用1.5Lとして開発され、1958年、ディーノ156 F2マシンとしてグランプリに登場する。排気量を2.4Lまで拡大したディーノ246 F1もこの年から登場し、第6戦フランスGPでM.ホーソーンが、そして第7戦イギリスGPでP.コリンズが優勝し、フェラーリに2勝をもたらした。その後、1961年には3.0Lまで拡大され296Sに積まれる事となる。

 

 

第十五話につづく