序章 1992年 プラハ ライカとの出逢い

 

 1992年9月、僕はその黒い”傷だらけのライカ”と出逢った。

 僕はフリーのテレビディレクターで、当時高視聴率で人気だったクイズ番組のロケで、東欧の国、チェコのプラハに来ていた。

 

    

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 プラハは古い街並が続く美しい街で、中央を歌にまで謳われたモルダウ川がその雄大で静かな流れを横たえていた。

 小高い山の頂きには、ホーエンツォレルン城の尖塔が見える。街の中心部にある広場には大きな時計台があり、1時間ごとにからくり人形の牧師や兵隊達が鐘の音と共に出て来ては時を告げる。世界中から集まった大勢の観光客がその瞬間を一目見ようと、時計台の塔を取り囲んでいる。  僕らはその日の撮影を終えて、今日これからどうしようか、カフェでお茶を飲みながら考えていた。   夕食を食べるには早すぎるし、ホテルに帰るのも中途半端な時間だった。今回の番組のレポーターを勤める女優のポコちゃんが、せっかくチェコまで来たんだから何かおみやげが買いたいといいだした。スタッフのみんなもその意見に賛成のようだ。

「よし、撮影も順調だし、1時間自由行動にしよう!買い物したい人は買い物、観光したい人は観光、のんびりしたい人はここでお茶飲んでるもよし、1時間後にまたここに集合ね。くれぐれも気を付けて、迷子にならない様あんまり遠くには行くなよ!」そういって、僕らは一時解散した。  僕は一人でぶらぶらと広場の周りのみやげ物屋を見て歩いた。  

広場から少し裏道に入ったところで、僕は古いカメラが並ぶショーウィンドウを見つけた。日本製のカメラがひしめく中、古いいくつかのライカが並んでいる。僕の憧れのカメラだった。キャパ、アンリ・カルティエブレッソン、沢田教一、木村伊兵衛など、世界にその名を轟かせた名カメラマン達が愛用したカメラだ。いままでもアメリカやドイツ、オーストリア、スイス、イギリスなど、もちろん日本でも多くのカメラ屋や骨董市などで手ごろなライカを探してみたが、今だに見つける事が出来ないでいた。  東欧の小国であるチェコでは、高価なライカが沢山市場に出回っている事もないだろうと、僕は全く期待しないでいたのだ。しかし、その店のショーウィンドゥは、僕の想像を超えて、遥かに沢山のライカが並んでいた。僕はなんとなく淡い期待を胸に、店内に足を踏み入れた。  

それほど広く無い店内、気さくな感じのおじいさんが明るい笑顔で迎えてくれた。僕はおじいさんの前にあるカウンターの中を覗いて見た。そこには日本製のカメラは全く無く、古いライカが所狭しと並んでいる。すると、中でも使い込まれた感じの黒い一台のライカが僕の目に飛び込んで来た。ところどころ黒い塗装が剥げて、地の真鍮の金色がのぞいている。ファインダーは筒型で、ピント合わせの付いて無いタイプだ。見るからに相当の年代物のようだ。僕は、おじいさんにその黒いライカを見せて欲しいとつたない英語で伝えると、おじいさんは快くショーケースからそのライカを取り出して、僕に手渡してくれた。

 

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 手に持つと小さい割に重さがあって、どっしりとした存在感がある。あちこち見回すと所々大きな傷が付いている。フィルムの巻き戻しねじのつまみは極端にひしゃげ、底蓋の一部は少しへこんでいる。見るからに相当な修羅場をかいくぐって来た歴戦の勇姿の表情だ。美品ライカのコレクターには見向きもされないだろうその風貌に、僕は愛着を感じた。 

 高価なライカを床の間に飾るのでは無く、常に第一線の過酷な状況の中で酷使して来たオーナー達の写真に対する熱い思い入れがその外観から伝わって来たのだ。決して粗末に扱われた感じでは無いが、多少傷が付こうとも、良い写真を撮る為にがんばって来た感じがする。現に、作りはしっかりとしており、ねじ一本一本までオリジナルとおぼしきパーツがきちっと止められている。ひしゃげたフィルム巻き戻しネジも、問題なく機能はしている。レンズは美しく、傷一つなく輝いている。

 おじいさんは僕の手からライカを受け取ると、沈胴式レンズを引き出し、フィルムノブを巻いて、シャッターを切った。

”チャキッ....”  機械仕掛けのシャッターがスムースに開き、フィルム面にレンズからの光を一瞬、透過した音がした。

「傷は付いてるけど、メカはしっかりしてますよ!」おじいさんが解り易い英語で僕に笑いかけた。

 もう一度ノブを巻き上げて、僕の手にライカを乗せた。僕はファインダーをのぞきながら壁の棚に並ぶカメラの列に向かってシャッターを切った。

”チャキッ....”心地よいシャッター音が店内に響いた。

 その時から、僕は熱病にかかってしまった。とりあえずその日はそのままそのお店を後にする事が出来たのだが、みんなと夕飯を食べていても、ホテルに帰っても、シャワーを浴びても、ライカの”チャキッ”というシャッター音が耳にこびり付いて離れないのだ。

「買っちゃおうかな〜、いや、止めとこうかな〜」心の中で自問自答を繰り返す。 ベッドの中に入っても一人言はおさまらない。 「買っちゃおうかな〜.....買っちゃうか.....」  翌朝目が覚める頃には、心が決まっていた。

「絶対買おう!」  プラハロケの最終日、僕らは順調に取材を終え、又街の中心にある広場にやって来た。

  僕は迷わずあの古いライカの店に向かった。初老のおじいさんはその日も変わらぬ笑顔で僕を迎えてくれた。まるで僕が戻ってくるのを確信していたかのように、自信ありげな笑顔で......

僕がもう一度あの黒いライカを見せて欲しいというと、おじいさんは微笑みながらケースから、あの傷だらけのライカをそっと取り出した。僕はもう一度ノブを巻き、ファインダーをのぞいて、シャッターを切った。

”チャキッ”小気味良い音が響く。 「これ下さい!」と僕。 「OK!」とおじいさん。

 値段は19900クローネ。日本円にして約8万円位だ。  Leica C 型 製品番号 No.56893  エルマー50mm F3.5 レンズ付き  おまけに渋い皮製のライカオリジナルカメラケースとフィルムを一本付けてもらった。 フィルムはおじいさんがていねいに端をハサミで切り込みを入れ、セットしてくれた。

 僕は天にも昇る様な気持ちで、買ったばかりの傷だらけのライカを持ってみんなとの集合場所へと戻った。早速みんなに報告する。 「これ、買って来ちゃった!」 みんな目を皿の様にして僕の黒いライカを見ている。

「古そうだね〜」「いくらしたの?」「動くのこれ?」みんな勝手なものだ。

 でも、僕のその時の顔は、きっと満面に笑みが溢れていたに違いない。  プラハの街の片隅のカフェで、僕はチェコ・ビールのブドワイゼルを飲みながら、この黒い傷だらけのライカが過去に辿った足跡に想いを馳せていた。

 

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第一章 「ポルシェ設計技師のライカ」    

第一話 1933年シュツッツガルト

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 時は1933年、ドイツのシュツッツガルトでの出来事。

 そのライカは新品でショーウィンドウの真ん中に飾られていた。ハードケースの赤い箱の上に置かれたライカは、気高く、誇らし気に、凛として道行く男達の熱い視線を涼し気な顔で受け流していた。

 ベンツのスリー・ポインテッド・スターが、時計台のビルの屋上に輝いて見える街の中央広場から、細い路地を曲がったところにあるその小さなカメラ屋は、職人気質の親父さんと、太って愛想の良いおばさんが、二人で営むこじんまりした店だった。品数もそんなに多くは無く、ライカとコンタックスが5〜6台づつ、二眼レフのローライフレックスや蛇腹のベスト・コダック、そのほか大判のカメラがいくつかある程度で、その他はアクセサリーの露出計や、スライド式折り畳み傘の形をしたストロボ、そして交換用のバルブがいくつか並ぶ程度だ。

 男は、午後も遅い時間、もうすぐ日が暮れようという頃やって来た。

 カメラの修理をしていた親父さんは、左目に掛けた単眼鏡をはずす事無く、ちらっと男を見ただけでそのまま修理を続けていた。店に入って来たその男は、店内を左のはじからゆっくりと見回しながら、正面にあるショーケースの前にくると、腰をかがめてその中を覗いた。

 親父さんは、またちらっと男に目をやり、そのまま修理を続けた。男はだまってショーケースの中のカメラを、左から順番にていねいに見ている。親父さんは修理の手を休め、 単眼鏡をはずして男の前にやって来た。男は待っていたかのように腰を延ばし、親父さんに言った。

「あのショーウィンドゥの真ん中に飾ってあるライカを見せてくれませんか?」

 親父さんは黙ってうなづくと、ショーウィンドウの中から新品の黒いライカを、宝物でも扱うように緊張しながら持って来た。  親父さんはショーケースの上にセーム革を敷いた。その上に置かれた黒い新品のライカを、男は暫く黙って眺め、やがて腰をかがめて食い入るように見つめた。親父さんはライカを取り上げると、レンズを鏡筒から引き出し、ノブを巻き上げ横を向いてカメラを構えてシャッターを切った。

「チャキッ!」静かな店内に堅実そうなシャッター音が響いた。

 もう一度ノブを巻き上げると、だまって男の手にライカを渡した。

 男は暫くレンズを外側から眺めて、おもむろにカメラを構え横を向いた。店内のあちこちにレンズを向け、壁にかかっていた時計に向かってシャッターを切った。 「チャキッ!」男は嬉しそうに微笑むと、また時計に向けてシャッターを切った。

 何度かそれを繰り返しライカを親父さんの手にもどした。 「いくらですか?」男は静かな声で尋ねた。 「250マルク。50ミリの標準レンズと革製のケース付きです。」

 当時、標準的なサラリーマンの給料が月だいたい15マルクから20マルク。相当高価な金額だ。

 男は黙ってうなづくと、内ポケットから封筒を取り出し、中から札束を取り出した。日常ではめったに見ない10マルク紙幣を25枚。一枚づつ数えながらショーケースの上に置いた。

 親父さんは札束を受け取ると、もう一度ていねいに数え直した。 「確かに、250マルク。」親父さんは札束をレジにしまって、ショーウインドゥから赤いハードケースを出し、ライカをしまおうとすると男が言った。

「そのままで結構です。」親父さんはちょっと意外そうな顔をしたが、うなづいて箱は空のまま袋に入れた。新しいフィルムを1本取り出し、フィルムの端を慎重にカットしてライカに納めた。

「失礼ですが、どんなものを撮られるんです?」親父さんが聞いた。

「明日、子供の運動会なんですよ。その様子を残しておこうと思いましてね。」男が答えた。

 親父さんがふと顔を上げると、男は口元にかすかに照れ笑いを浮かべた。 「そいつは良かった。このライカで写真を撮ってもらえるなんて、幸せなお子さんだ。それにしても、時期外れな運動会ですな。」親父さんは軽く笑った。

 男は一言、「ありがとう。」そう答えて、アクセサリーや空箱の入った袋とライカを受け取ると、軽くおじぎをして出て行った。 「ありがとうございました。」親父さんが男の後ろ姿に声をかける。  男はドアの外でもう一度振り返って、手を上げて去って行った。

 翌朝、まだ夜が明けきる前の薄暗いニュルブルクリンク・サーキットに、新品のライカを首から下げた男が立っていた。

 シンと静まり返ったパドックに、低いトラックの排気音が聞こえてくる。大きめのそのトラックは、ピットの裏に来て止まった。5〜6人の男達がトラックの周りに集まり、無言で積み荷を下ろし始めた。滑るように出て来たその積み荷は大きな覆いが掛けてある。男が二人掛かりでそのカバーを取り外す。その下からは、アルミの地肌が銀色に輝く、一台の低い車高のスポーツカーが姿を現した。

 流線形のシルエットは、美しいカーブを描いている。山の向こうから眩しい朝日が顔を出し、スポーツカーに陽の光が当たった。集まった男達は、眩しそうに目を細め、新しい輝く時代の夜明けを見るような気持ちで、その光景を眺めた。

 朝日を受けて光り輝く銀色のスポーツカーの姿は、荘厳でさえあった。

 男は真新しいライカを構え、シャッターをきった。

 

第一話 後半につづく